2026年06月21日
*本文:ローマ書1章2-15節
この箇所で語られている福音は、決して偶然に生まれたものではありません。神が預言者たちを通して、長い歴史の中であらかじめ約束してこられた、確かな救いの計画です。つまり福音とは、神の突然の思いつきではなく、すべてが準備され、導かれてきた「約束の成就」なのです。
その準備は歴史のあらゆる領域に及んでいました。思想や政治、さらにはローマ帝国の道路建設に至るまで、すべてが結果的に福音のための道となりました。人間は自分の必要のために道を作ったと思っていましたが、実際には神がキリストを迎え、福音を世界に広げるために備えておられたのです。
やがて福音は「御子」において完成します。御子はダビデの子孫としてこの世界に来られ、人間の歴史の中に入ってこられました。それは神が高い所にとどまるのではなく、私たちの現実のただ中にまで降りて来られたという出来事です。
この御子の歩みは徹底した謙遜そのものでした。ご自分を空しくし、しもべの姿を取り、人となられたのです。それは「ケノーシス」と呼ばれる自己放棄の愛であり、罪人である私たちを救うために選ばれた道でした。
そしてその御子は十字架で終わったのではなく、死者の中から復活されました。復活によって、イエスこそ神の御子であることが明らかにされました。死を打ち破る命こそ、福音の中心であり、勝利の宣言なのです。
さらに、この方によって私たちは恵みと使命を受け、すべての民に福音を伝える者とされました。救いは私たちの努力ではなく、ただ御子の恵みによるものです。その恵みは、私たちを召し、世界へと遣わす力となります。
最後に、この福音はローマにいる信徒たちにも、そして今を生きる私たちにも与えられています。恵みと平安は神と主イエス・キリストから来るものであり、この福音を受けた者は、その愛と使命をもって生きるように召されているのです。
*本文:ローマ書1章2-15節 この箇所で語られている福音は、決して偶然に生まれたものではありま...