礼拝説教

「神には約束したことを実行する力がある」― ローマ書4章20~25節から


2026年10月11日

ローマ書4章20~25節では、アブラハムの信仰がどのようなものであったのか、そしてその信仰がイエス・キリストの十字架と復活にどのようにつながっているのかが語られています。アブラハムは、神様の約束を疑って信仰を失うのではなく、むしろ信仰を強められました。彼は「神様には、約束したことを実現する力がある」と確信していたのです。聖書は、このように神様を信頼したアブラハムの信仰を、神様が「義」と認められたと伝えています。

アブラハムの人生を見ると、その信仰が単なる考えや知識ではなかったことが分かります。彼は行き先を知らないまま故郷を離れ、子どもを持つことがほとんど不可能に思われる年齢になっても、神様の約束を信じ続けました。そして、何よりも大切な息子イサクを献げるよう求められた時にも、「神様ご自身が必要なものを備えてくださる」と信じました。つまりアブラハムの信仰とは、自分では理解できない状況の中でも、人生のすべてを神様に委ねる信頼だったのです。

パウロは、アブラハムが「死者を生かす神」を信じたと語ります。人間的に見れば、アブラハムとサラから新しい命が生まれることは不可能に思えました。しかし神様は、その不可能と思われたところからイサクという命を与えられました。アブラハムは、死が最後ではなく、神様には死を越えて新しい命を与える力があると信じていたのです。この信仰は、後にイエス・キリストの復活によってさらに明確に示されることになります。

そしてパウロは、「アブラハムの信仰が義と認められた」と書かれたのは、彼だけのためではなく、私たちのためでもあると説明します。キリスト教では、人は自分の努力や善い行いによって神様の前に正しい者と認められるのではなく、イエス・キリストを信じることによって義と認められると教えます。これを「義認」と呼びます。神様は、イエス・キリストが私たちの罪のために死なれ、そして死者の中からよみがえられたことを信じる者を、恵みによって受け入れてくださるのです。

ローマ書4章25節には、「主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡された」とあります。本来であれば、罪を犯した者自身がその責任を負うべきです。しかし聖書は、罪のないイエス・キリストが私たちの代わりに十字架にかかり、私たちが負うべき苦しみと罪の結果を引き受けてくださったと語ります。これは「偉大なる交換」と表現されることがあります。キリストが私たちの罪を引き受け、その代わりにご自分の義を私たちに与えてくださったということです。十字架は、神様が人間をどれほど深く愛しておられるかを示す出来事なのです。

十字架と復活は切り離すことのできない関係にあります。十字架によって私たちの罪が赦され、復活によって神様の救いの御業が勝利のうちに示されました。復活は、死が最後ではないこと、罪と絶望が人間の人生を最終的に支配するものではないことを示しています。キリスト教が語る救いは、過去の罪が赦されることだけではありません。神様によって新しい命を与えられ、希望を持って新しい人生を歩み始めることでもあるのです。

ルカの福音書24章には、エマオへ向かっていた二人の弟子が、イエス様の苦しみと死の意味を知る中で心を燃やされ、やがて復活した主を見るようになった出来事が記されています。十字架の意味を深く知る時、私たちはそこに示された神様の愛を知り、復活の希望を受け取ることができます。アブラハムが神様の約束を信じ、望みのないように見える中でも信仰を失わなかったように、私たちも「神様には約束したことを実行する力がある」と信じて歩むよう招かれています。十字架の愛を受け取り、復活による新しい命を生きること、それが聖書の語る信仰なのです。

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